小さな小さな日々

精神障害2級 病と親と老いを気負わず発信していきたいです。

母の昔話 すいかリレー

ことり

家族、私のブログに目を通してくださった方々、ありがとうございます。


今日は、母の昔話です。


母が子どもの頃は、開拓に来て、土地が開けると、さまざまな作物や、畜産などをしていました。


母が高学年の頃は、すいかを作っていたそうです。


夏休みになると、朝早くから母も手伝ったそうです。

それが母には興味深く、楽しく手伝った思い出となっています。


すいかの収穫の時は、朝早く畑に出て、祖父が取り頃のすいかを収穫し、それを母にそれっと、ボール投げのように投げてよこします。

それを受け取った母が義叔母に同じように投げ渡します。

義叔母もそれを叔父に投げよこし、最後に叔父がそれを確認して、リヤカーに積みます。


すいかリレーです。


その頃は祖母は働きすぎや栄養不足などで腰を痛め、家の仕事や草取りなど、負荷の少ない仕事をそれでも、黙々とやっていたそうです。


末っ子の甘え上手な母はすいかリレーに一生懸命になりつつも、美味しそうなすいかがくると、わざと手元を狂わせた真似をして落として破り、大人たちも、口先では残念そうな声を出しつつ、自分たちも食べられる事が楽しみで、母の故意のミスで出荷できなくなったすいかを、リヤカーの端に乗せ、後から井戸水で冷やしてみんなで食べたそうです。それは甘く、新鮮でおいしかったそうです。


そんな経験からか、母は今でもスーパーで新鮮で美味しそうな野菜や食品を見つけるのがうまいです。


毎日やっていたらあがったりなので、もちろんたまに…? 時々? なのですが。


リヤカーに積まれたすいかは、青果市場のトラックが取りに来ました。

母の家でできたすいかは美味しいと評判だったそうです。


すいかは、昔は夏休みが始まる頃から旬になり、盆過ぎにはもう裏なりになって、市には出せず、カラスさえ、食べ飽きたとそっぽをむいたそうです。


その中から、美味しそうなすいかを見つけては、夏の終わりまで、家族も食べ飽きたすいかを母は喜んで食べたそうです。