母の昔話 農閑期のお弁当
家族、私のブログに目を通してくださった方々、ありがとうございます。
今日は母の昔話です。
母が子どもの頃は、開拓農家で、周りも開拓や昔からの農家の多い田舎です。
農繁期のうちは、田畑の仕事も忙しく、子どもたちは、PTAのお母さん方が当番で給食を作って食べていたものですが、農閑期になると、時々、お弁当の日がありました。
米農家の家の子どもは白米のごはんを持ってきたそうですが、母の家は少しばかりのお米を作っているだけで、主食はもっぱら麦ご飯だったので、アルミのお弁当箱に麦ご飯を8割9割入れて、その上から、麦を隠すように少しばかりの白米を広げて入れたそうです。
母の家はお米の配給も受けていたそうです。
おかずは何を入れたのか聞いたら、漬物や佃煮がほとんどで、卵焼きなど滅多に入らなかったそうです。
お弁当の時間が近づくと、用務員のおばさんが、みんなのお弁当が入れてある、保温棚と言う物があって、そこに炭火を入れると、熱すぎず、ほんのりとお弁当が温まったそうです。
お弁当が温まると同時に教室中にみんなのお弁当のにおいが漂います。
たくあんや佃煮など入れてくると、独自のにおいがして、いたずらっ子にお前の弁当たくあんくさい! などとからかわれたそうです。
お弁当の時間になると、みんないっせいに、新聞紙でお弁当と自分を隠して、新聞紙の中に隠れるようにお弁当を食べたそうです。
それでも、いたずらっ子は、ひとのお弁当の中身を覗きに来ては、お前の弁当、豚のヘソ入ってらぁ! などと冷やかしたそうです。
豚のヘソとは、アサリの佃煮の事だそうです。
からかわれたりするのは嫌でしたが、母はお弁当の日がとても嫌だったわけでもなく、みんなに真似て新聞紙に隠れて食べましたが、みんな隠れてるんだから、別に隠れなくても見られないや、などとも思っていたそうです。
どんな時も食べる時は嬉しい母です。

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