心の傷を天秤に乗せて
家族、niceをくださった方々、私のブログに目を通してくださった方々、ありがとうございます。
今日は訪問看護の日でした。
今日はソフトな看護師さんが来てくれて、いろいろお話ししながら、途中でマッサージもしてもらって、子供の頃の辛かった話などしていたら、思い返されて、後からいつまでもまた悲しくなってしまいました。
お昼を済ませて、ベッドに飛び込んで、薬を飲んで、しばらく悩んでいたのですが、どんなに辛くても過去は変えられません。
それに、苦しい時は自分の事しか見えなくなっているものです。
苦しみに飲み込まれず、今ある恵みを考えてみました。
今ある恵みを天秤の片側に乗せて、心の傷と比べてみました。
こうして、静かに横になる環境が許されています。
高齢にはなっても父や母も歳なりに元気にしています。
怪我はしても母が家事やガーデニングをする事ができるので、また、妹(下)ちゃん家族の協力もあって、日常や母の庭が今年もきれいに花をつける事ができています。
心、脳の機能の一部に問題はあって、生きる事が困難ではあるけれど、機能出来る部分もあるし、身体の方に大きな異常はないので、ピアノを弾いたり、山を歩いたりする事ができます。
お薬も効いているので、出来なかった事がだいぶ出来るようになりました。
苦しみがあるからこそ、美しいものがより深く身近に感じられるのかもしれません。
苦しみに飲み込まれないで、人間存在の不思議さ、どうして人が音楽や芸術を紡ぎ出す事ができるのか、それに心動かされるのか、とか、小さな存在の人間だけど、その存在の興味深い面を探して生きていきたい。
医療、福祉、家族に守られているからこそ、小さな生を微かに歌って生きていく事ができるのだから…。
長い間苦しんできたのだから、心の傷は大切に抱きしめて、明るい光で満たしてあげたい。
5月は光が明るくなる季節、光が明るくなるとそれだけ闇は深くなるもの…。
儚い一瞬の生を大切に生きなくては…。
庭のクレマチス、子供の頃からある花です。

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